スタッフアルファ代表取締役	松山
昭和60年
武蔵野音楽学院アレンジ科卒業  
昭和62年
広告代理店に入社。SP部に配属され、以来8年広告のことは何も分からずイベント畑一筋。在職中にはマツダのパブリシティ(新車発表会)や各種コンベンションを担当。また、Jリーグ開幕前には冬場の風物詩だった全米アメリカンフットボール「ジャパンボウル」(横浜スタジアム→東京ドーム)のオープニング・ハーフタイムショーの演出に参加。ブライダルショーにおいても大阪全日空ホテル・明治記念館・ホテルパシフィック・ホテルイースト21・サンルートプラザ東京などのショー演出を担当。さらに恵比寿ウェスティンホテル開業時のブライダルフェアのプロデュースに参加。
アリーナステージでのショー演出も手掛ける。他にミスコンテストは個人的にも楽しかったようで、割といろいろな仕事をいただいてやっていた。(らしい)

スタッフアルファ代表取締役	松山
20代の頃。時代はバブル後半。
いやぁ、いい時代でした。


新車発表会にて・・・
現在よりもカオが小さい・・・

平成6年
広告代理店を退社し、まったく予定になかったことではあるがスタッフアルファを設立。
当時は友人の会社、CNS(中目黒)に間借りし、机2つで開業。
最初のプロジェクトは、建設省の展示会。

スタッフアルファ代表取締役	松山
独立開業時。
パソコンではなくワープロ。
唯一の備品でした。

スタッフアルファ代表取締役	松山
32歳。
まだジーンズが似合っていた
ようです。

平成9年
サンルートプラザ東京(舞浜)と契約を期に事務所を東西線葛西駅前に移転。(これも間借りでした・・・)
この年、「国民的美少女コンテスト」の総合演出、「長野オリンピックカウントダウン200」の演出を手掛ける。またこの頃から、国立音楽院(渋谷の専門学校)の講師も受け持ってしまう。

スタッフアルファ代表取締役	松山
34歳の頃。
毎週火曜日は先生でした。

スタッフアルファ代表取締役	松山
胸にかかげる五輪金メダル!
基本的にミーハーです。

平成10年
鹿沼市制50周年において記念式典及び「3000人の第九」を演出。  
平成11年
間借り生活からの脱出。葛西駅に新事務所を構える。
この年、株式会社イデア・プロジェクトと業務提携。同社『第2制作部』を操業。また、日本アニメーションの協力により、さくらももこランド「ちびまる子ちゃん・コジコジの世界をプロデュース。新宿NSビルを皮切りにパルコ・ロフトなど全国でパッケージイベント展開。
また、水羊羹でおなじみの老舗「米屋」100周年発表会をプロデュース。

志美津ビル
このアングルだと立派ですね。
平成12年
アクアキャンドルコーディネーター資格取得。
ルミファンタジアの演出を婚礼に導入。
この年は「フォトエキスポ2000」メインステージ演出、凸版印刷博物館会館記念企画展、「徳川家康は活字人間だった!」芝居演出、FM富士公開生中継「ワイルドブルーヨコハマ21世紀カウントダウン」舞台進行などを手掛ける。(・・が、後にワイブル自体がカウントダウンしてしまうとは。)
スタッフアルファ代表取締役	松山
感無量。
ステージ演出はこれだから
いいですね。
平成13年
「Van Cleef&Arpels」制作、「コーセAWAKE発表会」演出、「鹿島アントラーズ10周年」の特殊効果演出、キリンカップサッカーフィールド進行、健康フォーラム「痴呆と向き合う暮らし」舞台演出、ぱそまる2001東京電話(TTネット)ブースの寺子屋劇演出など他多数、バラエティに富んだ1年間でした。 スタッフアルファ代表取締役	松山
「もしもし、オレだ。砂漠
だぞ、サバク!」
鳥取の企画展にて。
平成14年
自身のリバイバルであるブライダルドラマ「私たちの設計図」を5年ぶりにリメイクし再演。
「フォトエキスポ2002」のメインステージ演出、「ポーラcofuキャンペーン」、東京スタジアムの「スポーツフェア2002」などを担当。
そしていよいよ30代ともお別れ、充実した40代を迎えることができるか?

念願だった着ぐるみも体験。
平成15年
この年、厄年を迎えることとなるが、「へっ、どうせ今までも厄続きさ!来るなら来い。」と開き直ったところなんかこれまでになく絶好調の1年であった。
この年はファッションショーの演出もあたり年で「ブライダルの神様」桂由美先生のショーも演出。また、ひょんなことから大晦日の特番も舞台演出を手掛ける。ちなみにボブサップでも猪木でもないが・・・
スタッフアルファ代表取締役	松山
東京五輪の表彰台で決める
40歳。
平成16年
この年、スタッフアルファは10周年を迎える。改めて事業ポリシーを「新・素敵創造」と銘打って社内改革を実施。事業計画を再編し新たな10年に向けてのスタートを切る。
会社の新ロゴマークや「新・素敵創造」紙バッグを制作。社外宣伝報「ストップウォッチ」が創刊されたのもこの年。
本社を葛西駅の南口駅前に移転。来社するお客様に対して「大黒くじ」(ご来社プレゼント)を実施したのもこの年の企画です。
この年はイベントも大幅に増加し年間500現場を突破。

スタッフアルファ代表取締役	松山
10周年記念日に全員で
記念撮影

スタッフアルファ代表取締役	松山
新社屋の松山デスク

平成17年
『フェアリーズ』オープンで念願の店舗経営を開始。この年はシューズメーカーの老舗『リーガル』のコレクションを担当。また、久しぶりにクルマ関連の演出(TOYOTA)も受注する。さらに展示会における大規模ブースのメインステージ演出やOZマガジンプレゼンツのモードファッションショー、モード系ゆかたのショーもあり、なかなか演出冥利に尽きる充実した1年間でした。


平成18年
(2006)

ダイハツの主力車種「新型ミラ」発表会。久しぶりに新車発表会の演出を担当。また、展示会ではセキュリティショー「パナソニックブース」のメインステージ演出を手がけるなどオオドコロのお仕事が多かった1年でした。またこの年には2月にフェアリーズ舞浜店、9月にフェアリーズKKR店を続々オープン。ちょっと調子に乗っている年でもありました。第一興商「全日本カラオケグランプリ」で全国ツアーに回ったのもこの年。よく働いたといえば働いたものです。

スタッフアルファ代表取締役	松山
創立記念日に集合写真を撮影
平成19年
(2007)

この年の4月に社名変更。増資の上、株式会社スタッフアルファコミュニケーションとなりました。また、6月には西葛西のオフィスに移転。60坪の第3吉野ビルに感無量でした。

この年から本格的に新卒採用活動を開始。わからないなりに会社説明会などを実施するもかなり「地味」な採用活動だったような気がします。

仕事面では10年ぶりくらいに常陽銀行組合運動会を担当。このイベントはなぜか悪天候に見舞われるのです。

10年前はなんと「竜巻」でお立ち台を吹っ飛ばされましたが、このときは強風と集中豪雨でテントが20張り程度なぎ倒されました。

平成17年からスタートした大胆チャリティ企画「チャリティアルファ〜イベントの力・みんなの力」もこの年が3部完結といった感じで実施。なぜか午前中は必ず雨・・・。

また、セキスイハイムのイベント会場で上演する芝居「セキスイ物語」(仮称)を手がけたのもこの年。自分でもかなりいい芝居だと思っていますが再演予定はありません・・・。


西葛西オフィスの接客スペース
平成20年
(2008)

新卒採用で各ネット媒体などに掲載が始まると色々取材の依頼などをうけるようになりました。また、事業の拡大や新卒採用の開始などで演出の仕事よりも社長業のほうが多忙になってきたと感じた1年です。

さて、イベントのほうはと申しますと景気の低迷で世間的には大きなお仕事のない中、なんと12年ぶりに自動車メーカー「M」社の表彰式典の総合演出を担当。かつて代理店時代に制作を担当していたクライアントの、同じ現場の総合演出を手がけることが出来たのは偶然とはいえ感無量でした。

そして神田外語大学主催の字幕翻訳コンクールで、あの戸田奈津子さんと会いました。思ったよりずっと気さくな方でびっくりです。ちなみに司会はクリスペプラー氏。

また、この年はメーカー企業系のクライアント様の式典やコンベンションが多かった1年でもありました。さらに東京ドームラクーアの5周年をコンペで受注。あの郷ひろみのキャスティングに成功。

そしてネイルサロン「フェアリーズ」は順調に業績を伸ばし市川コルトンプラザ店では年末にリニューアル。これまでの約5倍に店舗拡大したのでした。

また、この年にとうとう社長ブログをスタートしてしまいました。

スタッフアルファ代表取締役	松山
46歳の誕生日に社員のみんなからオリジナルケーキをいただく。感動!
平成21年
(2009)

この年は羽田空港のイベントが目白押し。上海万博のPRイベントなど色々とお手伝いしました。

また、総合建材メーカーT社の表彰式典をレギュラーで受注させていただくようになったのもこの年からです。コンペの勝率も絶好調でした。

さいたまスーパーアリーナで開催される成人式(2010年1月実施)や東京オートサロンのトヨタブースの演出などもこの年に受注決定、感謝でいっぱいの1年間でした。

この頃から一般の現場はほとんどスタッフに任せられるようになり、演出業と社長業に絞らせていただくようになります。

会社がプライバシーマークを取得できたのもこの年です。

何より嬉しかったのはスタッフアルファが十五周年を迎えたことです。

会社案内を模した記念品や記念スタッフTシャツ、雑誌風業務実績ブック「Cue!」も創刊等々・・・様々な企画を具現化できた年でした。

そして調子付いた結果、なんとこの年の10月3日。結婚(再婚)しました。

スタッフアルファ代表取締役	松山
15周年記念集合写真。
気がつかないうちにずいぶん仲間が増えたものです。
平成22年
(2010)

ショッピングセンターの勢いに多少のかげりが見えたこの年。それでも新たなお取引がずいぶんと増えたと感じました。「アリオ亀有」様などはまさに地元商圏住人としてイベントをお手伝いできることが嬉しくて仕方ありません。これを受注してくれた社員のT君には大感謝です。

また、近年比較的低迷していた展示会受注が復活。シーテックジャパンの大型ブースの演出、運営を受注。世間が明確にエコロジーに向いていると実感するという大変勉強になる現場でした。

後半ではファッションショーの依頼が増えました。

思い出に残るのは五反田の老舗「TOC」の周年記念ファッションショーの総合演出を手がけたことでしょう。

一緒に仕事をした皆さんが最高のメンバーでした。

さらにアルファクルーの皆さんが400人を突破。それぞれが現場で活躍する登場人物です。

そして新卒は4人に内定を出させていただきました。この年の内定者は「雑草系」。たくましく育って欲しいモノです・・・。

また個人的にはゴルフを開始。下手の横好きで月に1〜2回は回ったようです。

しかしなかなか甘くはないようです。また水泳にも夢中になり朝夕暇があれば泳ぎにいきました。しかし、体重は減らないようです。

スタッフアルファ代表取締役	松山
後方は2010年4月現在の東京スカイツリーと47歳の松山。 まだ展望台まで完成していない状態です。
アルカキット錦糸町の屋上にて。
平成23年
(2011)

この年は我々日本人にとって忘れられない悲しい歴史が刻まれた年です。

3月11日2時46分地震発生。

この時、会社にいた松山他社員のみんなは、まさか後にこんな出来事になるとは思いもよらず、ただその事態に唖然としていたように記憶しています。
当然そこからイベントはほぼ全部が中止、もしくは延期を余儀なくされ、
イベントチームは仕事のない日が続きました。

4月に予定していた社員旅行は被災地支援活動に変わり、避難所で縁日を行うというイベント会社らしい手法で少しでも被災地を元気づけることができたのではないかと思っています。

会社代表で6人の社員が宮城まで車で向かい、その現実を見つめてきたのはいろいろな意味で我々にとっての「経験」であったと思います。

さて、その後の我が社の復興はというと、おかげさまで商業施設は自粛の反動からかGWが大ブレイク。
例年を上回る売り上げを記録。さらに前年より着々と準備を進めてきた東北新幹線新青森駅開業記念イベント「青い森のハロウィン」光のパレードが無事成功。
市民1500人が仮装でパレードに参加、ねぶたの街青森市に新しいパレード文化を創り上げました。このイベントでは松山もずいぶん青森市に入り浸ることとなり、最後は10日間のホテル住まい。まさに第2の故郷です。生まれて初めて青森まで車で移動したのもいい思い出です。

愛車プログレもついに15万キロを超え、さすがトヨタはいい車を作りますと感動したものです。

さらに同じ10月にはあの焼肉のたれで有名な日本食研様の40周年記念式典を担当。当社設立以来単独受注最大の売り上げ規模となりました。

また、社内メンバーも充実。
経理部長と営業部長を補強し一気に平均年齢を上げることになります。

プライベートでは娘が大学に入学。もう一息で親の責任も終了というところでしょうか。
ここから学費捻出地獄が始まるのです。

そしてゴルフは・・・一向にスコアが縮まらないのでした。

スタッフアルファ代表取締役	松山
48歳の松山。
クルーAクラスの田村さん
平成24年
(2012)

この年からとうとう使い慣れたシステム手帳を手放してあのi-padを使い始めました。

この年の決算は震災の影響をものともせず、しっかりと黒字決算。
震災がなければかなりいい線まで行けたと思うとそれはそれで残念です。
この年に業界における旧友の冨田氏を含む3人を新たな役員に迎え5役員体制を作り攻めの姿勢で経営に臨みました。
しかしながら結果的には昨年の特需を超えることができず4Qに課題を残すことになります。

新卒はやはり1名のみ残ることとなり内定を出した他5名はわずか3か月で消えていきました。前年もそうですが残った人材は実に使える金の卵です。
この人材がしっかりと育つのであれば新卒採用をやめる気にはなれません。

ところでこの年は前半では現場を社員に任せ、あまり打ち合わせなどには
出しゃばらないように心がけてみました。結果的に育った社員、いまいち課題の残る社員、このあたりが浮き彫りにされた気がします。
後半は人手不足の折、結構出動の多かった気がします。

忘れられないのは1月のさいたま市成人式。
この詳細はここでは記述を控えますが、よくよく松山は一か八かの賭けに
出るといい結果を生むものだと実感しました。やはり正しいことはタイミングを見て主張するべし、といったところでしょうか。そして、嬉しかったのは新人の小林君がこのイベントでへこむことなく所沢駅の100人のテープカットを成功に導いてくれたことです。まさに「大宮のカタキを所沢で討つ」といったところでしょうか。

そしてもう一つの印象的な仕事はあのトリンプ様の春夏コレクションのショー演出を担当させていただいたことです。かなりハードルの高い演出を要求され、時間もタイトな中、結果的には成功を収めることができたことは感動でした。この時は松山以外は女性社員チームで進行を完成させたのが印象的でした。

さて、プライベートでは遂に50歳を迎えてしまいました。
思ったより50歳は若造です。相変わらず続けている水泳では年上の友人たちが増えました。軽く一回り以上です。
そして前年、いいところまで行ったダイエットは・・・・振り出しに近づきつつある今日この頃です。

スタッフアルファ代表取締役	松山
49歳の松山と社員の皆さん。
創立18周年アルファプレミアムにて
平成25年
(2013)
この年はなかなか演出仕事が充実していました。
LEXUSの発表イベントが数本、そして(以前も数本手がけましたが)Panasonicの展示会ブース演出やLIXILの全国表彰式典などが代表的な案件でした。

思い出深いイベントとしては「第1回豊洲カーニバル」の立ち上げです。なんといっても豊洲はこれからますます発展しそうな町ですが、意外と下町の人懐っこさも持ち合わせており、地域の皆さんとどっぷり付き合いながら街の春祭りを創り上げていきました。

社長業では少し外に向けて発信して行くべく、日本イベントプロデュース協会や日本ショッピングセンター協会に加入。
業界の交流を深めようと思いましたが、なかなか忙しくそちらの方は思うようにいかないことを痛感。

売り上げ規模は前年横ばいか少し下がった感じでした。
なかなか5億円にはとどかないものです。

新卒採用では3名を採用しました。今までと違ってうわついていない新人たちです。実は新卒採用は近年なかなかうまくいかず、定着率は低かったのですが、彼らは無事揃って1年間を勤め上げました。

さて、個人的には娘が成人式を迎えやっと3人とも大人の仲間入りをすることになりました。ちなみに娘の成人式に合わせたわけではありませんが、この年はさいたま市の成人式は受注できませんでした。

実はこの日は東京に記録的な大雪が降りましたが現場は午後からの
「パチスロ エヴァンゲリオンシリーズの新台発表会」の前日設営と
いうこともあって、無事に娘を会場まで送ってあげることが出来たのはラッキーなタイミングでした。

ちなみにエヴァンゲリオンをそれまで全く知らなかった松山は演出家魂で「序」「破」を一晩で見ました。

相変わらずうまくならないゴルフですが初めて数本の得意先ゴルフコンペに参加してみました。
スタッフアルファ代表取締役	松山
平成26年
(2014)
この年より新たな業態として大型商業施設の催事管理業務を受託しました。

これまではイベントを制作する側ばかりでしたが迎え入れる側の仕事です。社員も少しずつ増えて、それにつれてだんだん現場に出なくなったのもこの年あたりからです。

さすがに50歳を超えてくると客観的に見て自分が現場で走り回っている姿が痛いような気がしました。

もちろん私を指名していただけるクライアント様の現場はお邪魔するようにしていますが、なるべく若手の教育にシフトするようになったわけです。現場はずいぶんと増え新卒もこのころは順調に増えみんなが現場ですくすくと育ってきた感じです。

そして記念すべきこととして、なんと地元小岩駅の駅ビル「小岩POPO」の販促のお仕事を頂きました。
まさに故郷に錦を飾ったわけです。(笑)

演出モノとしてはTOYOTAの水素自動車「MIRAI」の新車発表会に携わることができました。ホログラムを使った画期的な演出で私も楽しく参加させていただきました。

もう一つ、あのアンパンマンでの原作者、やなせたかし氏がご逝去され、お別れの会を演出させていただいたのもいい経験となりました。

ちょうど痛風を発症し松葉づえをついての現場入りで戸田恵子さんらに奇異な目で見られていたような気がします。

また、当社はこの年の2月、経済産業省のIT経営力大賞認定企業に選ばれました。ところがこの表彰式イベントを弊社が受注しており、自分たちが受賞企業なのに自分たちで進行したという何とも間抜けな体験をさせていただいたのもこの年です。

そして9月、おかげさまで創立20周年を迎えることができました。
サンルートプラザ東京様のご協力で記念パーティを開催。
多くのお客様にお越しいただきました。
社員のみんなに記念の腕時計を頂いたことも最高の幸せでした。

ところでこの年の夏、とあるご縁がきっかけで国際フォーラムにて印刷業界の皆様に向けた講演の依頼があり、お話をさせていただきました。オリンピックを5年後に迎え印刷業界はどうするべきかというタイトルでしたが、私は印刷のプロではなく一中小企業のブランディングという観点でお話しさせていただきました。

プライべートの方はというと、初の水泳大会「日本マスターズ水泳短水路大会」に出場させていただきました。大した結果ではありませんが、公式戦デビューです。50m自由形と100m個人メドレーにエントリーさせていただきました。いや、しんどかった・・・。
スタッフアルファ代表取締役	松山
創立20周年記念パーティにて
社員、クルーのみんなと。

平成27年
(2015)
この年の元旦に発行された印刷新報(印刷業界新聞)に全段で松山が特集されました。どうも前年の印刷業界向けの講演が受けたようで、同紙の記者の方にありがたいお誘いを受けずうずうしく取材を受けてしまいました。新聞に載った自分の顔を見て「太ったわ・・・。」と実感する松山でした。

仕事の方はららぽーとの新店舗、富士見、立川と連続して受注させていただきました。このころから大手の施設の受注が少しずつ増えてきた感じです。

演出業務はほぼ落ち着きレギュラーとしてのLIXIL様の表彰式典をメインにお手伝いさせていただきました。

この年の思い出の現場は卓球のブランド「BUTTERFLY」のメーカータマスのお仕事で福原愛選手やアナウンサーの福澤朗氏とご一緒させていただいたことです。なんとディレクターの分際で終了後のお食事会にもお誘いを受けいい思い出になりました。

そしてこの年のトピックスとしては青山学院大学の授業のゲスト講師を務めさせていただいたことです。
Global-SEP(地方創生に向けたプロデューサー育成)というプロジェクトに参加させていただいたのがきっかけで同大学の玉木教授のご依頼で「地方創生におけるイベントデザイン」についてテキストを執筆、合わせて授業をさせていただきました。
まさか自分の人生で大学の講義を受け持つとは思いもよらず、これだから人生はわからないものだとしみじみ感じたものです。

さらにこの年に営業目的ではない友人としての経営者仲間を作ろうと「一本釣りの会」を結成しました。(これに関してはHPをご覧ください。)

プライベートの方ですが、この年もマスターズ水泳に出場、昨年同様の種目にエントリーさせていただきましたが、チームの都合でメドレーリレーにも出場、第3泳者でバタフライを泣く泣く泳がされました。

また、ゴルフですが一向に上達せずついにドライバーを封印。意気地なしの松山でした。
スタッフアルファ代表取締役	松山
青山学院大学での授業風景。
とりあえずそれっぽく見えます。

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